腕の麻痺やしびれを感じたら、中心性脊髄損傷のサインかもしれません。中心性脊髄損傷は、ボタンを留める、箸を使う、字を書くといった日常の動作が困難な状況を引き起こす可能性があります。脊髄の中心部には、手の繊細な動きを司る神経線維が集中しているため、損傷を受けると手の麻痺が顕著に現れます。
この記事では、中心性脊髄損傷のメカニズムや回復過程、リハビリの方法、自宅でできるセルフケアまで、詳しく解説します。中心性脊髄損傷は、日常生活に大きな影響を及ぼす状態です。適切な対処法を知り、回復への第一歩を踏み出しましょう。
脊髄損傷には中心性だけでなく、損傷の部位や程度によって多様なタイプが存在します。原因や治療法、レベルによる症状の違いを理解することは、より的確な対応やリハビリ方針の決定にも役立ちます。以下の記事では、脊髄損傷全般について詳しく解説していますので、ぜひ参考にしてください。
>>脊髄損傷の原因や治療法を解説|レベル別の症状や回復の見込み
目次
中心性脊髄損傷とは上肢に強く出る麻痺
中心性脊髄損傷とは、脊髄の中心部分が損傷されることで起こる神経障害です。脊髄は、脳からの指令を身体全体に伝え、逆に身体からの感覚を脳に伝えるための重要な経路です。脊髄の中心部分が損傷されると、手足の動きや感覚にさまざまな影響が生じます。
中心性脊髄損傷の大きな特徴は、上肢(腕や手)の麻痺が下肢(足)に比べて強く現れることです。脊髄の内部構造と神経の通り道に関係しています。脊髄の中心部には、腕や手の動きを司る神経線維が密集して走行しているため、中心部の損傷は上肢に大きな影響を与えます。
足の動きを司る神経線維は脊髄の中心部から少し離れた位置を走行するため、下肢への影響は比較的軽度になることが多いです。中心性脊髄損傷の主な原因は、交通事故や転倒などによる頚部の外傷とされています。スポーツ中の事故も原因の一つです。中心性脊髄損傷は、損傷の程度や部位により異なりますが、以下の症状が現れることがあります。
- 両手にしびれがある
- 両手に痛みがある
- 脱力感がある
- 細かい手の動作が困難になる(ボタンを留める、箸を使う、字を書くなど)
- 歩行が不安定になる
- 排尿や排便のコントロールが困難になる
診断には、MRI検査やCT検査、神経学的検査などが行われます。MRI検査では、脊髄の損傷部位や程度を詳細に確認できます。CT検査は、骨の状態などを調べ、骨折の有無などを確認する検査です。神経学的検査では、医師が手足の動きや感覚、反射などをチェックし、神経の損傷の程度を評価します。
中心性脊髄損傷の原因とメカニズム
中心性脊髄損傷の原因とメカニズムについて、以下の項目を解説します。
- 転倒や交通事故が多い理由
- 頸髄中央部が損傷するしくみ
転倒や交通事故が多い理由
中心性脊髄損傷の主な原因は、交通事故(特に追突事故)と転倒とされています。交通事故や転倒では、頸部(首)が急激に後ろに反る「過伸展」という状態になりやすいです。「過伸展」の状態が脊髄の中心部を損傷する大きな要因です。
追突事故の場合、シートベルトによって身体は固定されていますが、頭は慣性の法則で後方へ大きく揺さぶられます。頭が後方へ揺さぶられたとき、首が鞭のようにしなり、脊髄が過度に伸展することで損傷が起こります。
転倒した場合も、地面に頭を強く打ち付ける、首が不自然な方向に曲がることで、脊髄に大きな負担がかかり損傷につながるため注意が必要です。高齢者の場合、骨粗鬆症によって骨が脆くなりやすく、転倒による骨折を伴う脊髄損傷のリスクが高まります。
若い方でも、スポーツ中や高所からの転落など、強い衝撃が加わると中心性脊髄損傷が起こる可能性があります。
頸髄中央部が損傷するしくみ
首の部分にある脊髄は「頸髄」と呼ばれ、頸髄の中心部分が損傷することで中心性脊髄損傷が起こります。頸髄とは、神経線維の束で構成され、神経線維は脳からの指令を伝える役割と、身体からの感覚情報を脳に伝える役割を担う脊髄です。頸髄の中心部には、特に上肢の運動や感覚を司る神経線維が集中しています。
交通事故や転倒などで首が急激に過伸展すると、頸髄の中心部が圧迫されたり、引き伸ばされたりすることで損傷を受けます。脊髄は、脳と身体の間で情報を伝達する重要な役割を担っています。脊髄が損傷されると、さまざまな神経症状が現れるため、早期の診断と適切な治療が重要です。
中心性脊髄損傷の回復過程
中心性脊髄損傷の回復過程について、以下の内容を解説します。
- 回復の一般的な流れ(急性期〜慢性期)
- 残存する後遺症とその経過
- 精神的サポートの重要性
回復の一般的な流れ(急性期〜慢性期)
回復過程は、以下の3つの段階に分けられます。
- 急性期(受傷直後〜数週間):脊髄の損傷による炎症が強く、症状も最も重い時期
- 回復期(数週間~数か月):脊髄の炎症が徐々に落ち着き、麻痺や感覚障害も少しずつ改善
- 慢性期(数か月~数年):症状が安定し、日常生活もある程度可能
急性期は、麻痺や感覚障害の程度も最も強く、日常生活動作も制限されます。脊髄への負担を最小限にするため、安静にして横になっているのが基本です。医療チームによる集中的な治療とケアが必要不可欠です。合併症の予防にも注意を払い、全身状態の管理を徹底します。急性期での適切な処置が、その後の回復に影響します。
回復期は、集中的なリハビリが重要です。リハビリは、身体機能の回復を促進するだけでなく、精神的な支えにもつながります。回復期の積極的なリハビリが、その後の生活の質を左右します。慢性期は、残存する後遺症への対応と、社会復帰に向けた準備が中心となります。
後遺症による身体機能の低下を補うため、自助具の使用や住宅改修を検討するケースも多いです。社会復帰に向けて就労支援や福祉サービスの利用についても検討し、専門家と相談しながら進めていきます。慢性期は、身体的な回復だけでなく、精神的なサポートも引き続き重要です。
残存する後遺症とその経過
中心性脊髄損傷では、後遺症が残ってしまうケースがあります。主な後遺症は以下のとおりです。
- 上肢の麻痺やしびれ
- 手指の巧緻運動障害(こうちうんどうしょうがい:細かい動作が難しくなること)
- 排尿や排便障害
後遺症の程度や経過は、損傷の重症度や部位、年齢、リハビリの状況など、個々の要因によって大きく異なります。上肢の麻痺は、日常生活動作に大きな影響を与えます。衣服の着脱や食事、トイレ、入浴といった基本的な動作が困難になる場合があり、日常生活における自立度が低下する可能性があります。
手指の巧緻運動障害は、ボタンを留めたり、箸を使ったり、字を書いたりといった細かい動作に支障をきたします。排尿・排便障害は、生活の質を低下させる大きな要因となるため、適切な対処が必要です。排尿・排便障害が起こると、尿意や便意を感じにくくなる、排泄のコントロールが難しくなるなどの症状が現れます。
後遺症の症状は、社会生活への参加やQOL(生活の質)に大きな影響を及ぼす可能性があります。後遺症に対しては、リハビリ、薬物療法、自助具の使用、生活環境の調整など、さまざまなアプローチで対応します。
精神的サポートの重要性
中心性脊髄損傷は、身体的なダメージだけでなく、精神的な負担も大きい病気です。突然の受傷によるショックや後遺症への不安、将来への絶望感など、さまざまな感情に襲われる可能性があります。身体機能の低下や生活の変化への適応、社会参加への不安など、精神的なストレスを抱えやすい状況です。
中心性脊髄損傷の精神的な苦痛は、回復へのモチベーションを低下させ、リハビリにも影響を及ぼす可能性があります。医療チームによる精神的なサポートは、身体的な治療と同じくらい重要です。
医師や看護師、カウンセラー、ソーシャルワーカー、精神保健福祉士など、さまざまな専門家が連携して患者さんの心のケアをサポートします。家族や友人、同じ病気を持つ患者さん同士のコミュニティも、大きな支えとなります。
一人で抱え込まず、周りの人に相談したり、気持ちを共有したりすることで、心の負担を軽減できる可能性があります。前向きな気持ちでリハビリに取り組むためにも、精神的なサポートを積極的に活用しましょう。
中心性脊髄損傷のリハビリ
中心性脊髄損傷のリハビリについては、以下のとおりです。
- 理学療法(筋力、バランス訓練など)
- 作業療法(日常動作訓練と自立支援)
- リハビリ継続のポイントと注意点
理学療法(筋力、バランス訓練など)
理学療法は、身体機能の回復や維持を目的としたリハビリです。中心性脊髄損傷では、特に上肢の麻痺が強く現れるため、上肢の筋力トレーニングや関節可動域訓練が中心となります。理学療法では、患者さんの状態に合わせて、以下の運動療法が実施されます。
- 筋力トレーニング
- バランス訓練
- 関節の柔軟性を高めるストレッチ
- 歩行訓練
- 呼吸訓練
チューブや軽いダンベルを用いた筋力トレーニングは、弱くなった筋肉を強化する効果が期待できる運動です。バランス訓練では、立位や座位の練習、不安定な台の上でのバランス練習などを通して、転倒予防を目指します。肩甲骨や背骨の柔軟性を高める運動は、上肢の動きをスムーズにするうえで重要です。
上肢の麻痺が強い中心性脊髄損傷は、肩や腕を動かす際に、肩甲骨や背骨の動きが制限されることがあります。肩甲骨や背骨の部位の柔軟性を高めることで、よりスムーズで効率的な腕の動きが可能となり、日常生活動作の改善につながります。
作業療法(日常動作訓練と自立支援)
作業療法は、日常生活で必要な動作をスムーズに行えるようにするための訓練です。中心性脊髄損傷によって困難になった動作を、繰り返し練習することで、日常生活の自立を目指します。作業療法では、患者さんの生活に密着した以下の訓練を行います。
- 着替えの練習(ボタンの掛け外しやファスナーの開閉など)
- 食事の練習(スプーンやフォーク、箸)
- トイレへの移乗や排泄の介助方法の練習
- 入浴や家事動作の練習
リハビリ継続のポイントと注意点
中心性脊髄損傷からの回復には、個人差がありますが、一般的に長期間のリハビリが必要となります。リハビリの効果を最大限に引き出すためには、継続して取り組むことが重要です。
達成可能な目標を立てることで、モチベーションを維持しやすくなり、リハビリを継続する意欲につながります。医師や理学療法士、作業療法士などの専門家と連携し、自分に合ったリハビリプログラムを作成してもらうことも重要です。
専門家の指導のもと、適切な内容と強度でリハビリを行い、痛みや疲労を感じた場合は、無理せず休息しましょう。リハビリ中は無理をせず、自分のペースで進めることが大切です。家族や周囲の人の理解と協力も、リハビリを続けるうえで大きな支えとなります。
リハビリの効果を高めるためには、外骨格装具や機械式装具などの装具の活用も有効です。中心性脊髄損傷は、身体的な負担だけでなく、精神的な負担も大きい病気です。不安やストレスは一人で抱え込まず、専門家や家族、友人などに相談してみましょう。
リハビリは、根気と努力が必要な道のりですが、回復への希望をつなぐ大切な取り組みです。焦らず、自分のペースで、そして周りの協力を得ながら、前向きに取り組んでいきましょう。
中心性脊髄損傷の方が自宅でできるセルフケア
セルフケアを継続的に行うことは、身体機能の維持・改善や合併症の予防、精神的な健康の維持につながります。中心性脊髄損傷の方が自宅でできるセルフケアは、以下のとおりです。
- 関節を動かす練習
- 筋肉を鍛える運動
- 定期的に姿勢を変える
関節を動かす練習
関節を動かす練習は、関節の柔軟性を維持し、筋肉の硬直や関節拘縮を予防するうえで重要です。関節がスムーズに動くことで、日常生活動作の改善にもつながります。関節を動かす練習については、以下の表のとおりです。
運動の部位 | 内容・方法 | 回数 | 効果・ポイント |
肩の運動 | 手を肩に置き、肘を大きく前回し・後回しする | 各10回 | 肩関節の可動域を維持・改善 |
腕の運動 | 腕を前に伸ばし、手のひらを上・下に向けて腕を戻す | 10回 | 肘関節や手首の関節の柔軟性を維持 |
手の運動 | ・指を開いたり閉じたりする ・手首を回す | 各10回 | 手指の巧緻性の維持・改善 |
足の運動 | ・足首を回す ・つま先を上下に動かす | 各10回 | ・足関節の柔軟性を維持 ・血行促進 |
その他の関節 | 無理のない範囲で動かす | 個々の状態に合わせて調整 | 入浴後など、身体が温まっているときに行うと効果的 |
痛みがある場合は、無理せず中止し、医師や理学療法士に相談してください。
筋肉を鍛える運動
筋肉を鍛える運動は、筋力低下を防ぎ、日常生活動作の自立度を高めるうえで重要です。筋肉を鍛える運動については、以下の表のとおりです。
運動の種類 | 内容・方法 | 回数 | 効果・ポイント |
タオルを使った運動 | タオルの両端を持ち、腕を頭の上に伸ばし、背中の後ろに回して再び頭の上に伸ばす | 10回 | 肩や背中の筋肉を強化 |
ペットボトルを使った運動 | 水を入れた500mlのペットボトルを持ち、腕を上下に動かす | 左右、各10回 | ・腕の筋力強化 ・ダンベルでも代用可 ・重さは筋力に合わせて調整 |
ゴムバンドを使った運動 | ゴムバンドを足にかけ、足を左右に開いたり閉じたりする | 10回 | 足の筋肉を強化 |
その他 | 医師や理学療法士に相談し、状態に合った筋力トレーニングメニューを作成する | 無理のない範囲 | 痛みが出た場合はすぐに中止し、医療専門家に相談 |
定期的に姿勢を変える
定期的に姿勢を変えることで、床ずれや血行不良、関節の拘縮などのリスクを予防し、身体の負担を軽減することができます。定期的に姿勢を変えることについて、以下の表にまとめました。
状況・方法 | 対応・ポイント | 注意点・補足 |
車椅子を使用している場合 | ・1時間ごとに、身体の向きを変える ・クッションの位置を調整 ・リクライニング機能を利用して姿勢を変える | 姿勢崩れや床ずれを防ぐため、定期的に調整 |
ベッドで寝ている場合 | ・2時間ごとに、身体の向きを変える ・寝返りが難しい場合は、介護者の助けを借りる | 定期的に体位変換 |
姿勢を変える際 | ・介助が必要な場合は、家族や介護者に協力を求める ・方法や注意点について、医療専門家に相談する | 安全に姿勢を変えるため事前に専門家に相談 |
床ずれ予防 | ・床ずれができやすい部分には、専用のクッションやパッドを使用する ・皮膚の状態を定期的に確認し、兆候を観察する | 異常があれば早めに専門家に相談 |
疑問点や不安なことがあれば、主治医や理学療法士に相談してください。
まとめ
中心性脊髄損傷は、上肢の麻痺を中心としたさまざまな症状を引き起こし、日常生活に大きな影響を与えます。交通事故や転倒など、予期せぬ出来事で発症するケースが多く、早期の診断と適切な治療が重要です。回復過程は人それぞれですが、リハビリを通して身体機能の改善や社会復帰を目指せる可能性があります。
理学療法では筋力やバランスの回復、作業療法では日常生活動作の訓練を行います。自宅でもセルフケアを行うことで、合併症の予防やQOLの向上にもつながります。焦らず、医療専門家と連携しながら、ご自身のペースで回復を目指しましょう。
脊髄損傷と同様に神経への圧迫が問題となる疾患として、「椎間板ヘルニア」も挙げられます。以下の記事では、椎間板が神経を圧迫する仕組みや原因、症状、対策について詳しく解説しています。
>>椎間板ヘルニアとは?椎間板の神経を圧迫する原因や症状・対策を解説
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